日立のオウンドメディアで展開する連載「日立の人」。日立グループの社員がさまざまなことに挑戦するストーリーをドキュメンタリータッチの映像で伝えています。 

今回のテレビCMでは、困難にぶつかっても、あきらめず、何度でも挑戦し続ける「日立の人」を描いています。 ナレーションは、映画やドラマで活躍中の俳優・水上恒司さん。困難に立ち向かう「日立の人」を表現する力強い声に注目です。

ナレーター:   水上恒司
制作会社:    東北新社
クリエイティブディレクター/コピーライター: 後藤国弘
プロデューサー: 渋谷健
         禧久小次郎
ディレクター:  林賢五
音楽:      Eric D Reiff

https://social-innovation.hitachi/ja-jp/

2 Comments

  1. 日立の名を使ってなのでしょうか?
    それとも、誰かの誰かを使ってなのでしょうか?
    諦められない事なんて、人生の中には山のようにあるという事が、どちらかというと、かなりの人生の真実に近いでしょう。

    しかしながら、私の父や祖父母や、もっと先代の親族は、家族の誰かを頼りに応援するために援護するために、おおかたの事柄を諦めてきたことも事実でしょう。日常生活の全てでは無いでしょうけれど。例えばそのむかしの考え方として、高校進学を諦めて家計応援のために働いて働きながら勉強して、仕送りして家族の扶養の手助けをして、妹や弟たちの勉学のための費用にもと、頑張っ居たことも当たり前くらいの話はたくさん聞いてきたような気がします。恩着せがましくなるのであまり言葉にすることはありませんでしたが、私の父も若い頃にはその諦めの人生でもありました。さて、ゼイタクモノ扱いされた私は、父と比較すればずいぶん自由に勉強したいと言う私の気持ちを優先してくれ、その後の私の人生の岐路についても私の意見を尊重してくれました。さて、それでも私は私なりに、大きな悲しくもある諦めを選択するしか無かったのですが、同性として、また、母親業をした私の母親とは、全く考えが異なっていて、見解には大きな隔たりが存在して今も尚、とても乗り越えることも打ち壊すことも不能で、ますますに隔たりは大きくなっています。とても、私には、理解の出来ない、昭和21ネンウマレノ夢があるようで、私にはソレは全く理解出来ないまんまです。
    ソンナ昭和21ネンウマレノ夢なんて、私は今さらながら関与もしたくありませんのですけどね。私よりも若い世代には、どのようにこのとても詳細をコメント欄で書き尽くせることは不能な、私の諦めについて、共感などは、期待もしていませんけど。

    デジタルでは、あくまでも数字だけであることに、気がつくべきです。モノを見る考え方を、原点回帰するにしても、世代として、空の青さや風の強さ、土のあたたかさなんか、言葉の表現しか知らない若い世代に、どのように伝えたらよいのかすらわからない。土や川の水のほうが、本当は、本当は、と、言いますね敢えて、本当は、弱いのです。私たちの生きている生命体は、その土や川の水、海の水が汚れきってしまうと、もはや生きていけないのです。
    私は、いくら寒くて海水温が低いからと言って、浜辺に打ち上がる魚たちの悲鳴を理解は出来ません。しかしながら、昔の話でそれほどに浜辺に打ち上がる魚が、居たことを知りませんでした。

    デジタルを知っているのでしたら、デジタルを現状は制御する、止めていく方法を考えていくほうが、もしかしたら、土や川の水や海の水には、少しは穏やかな何かしらの手立てかもしれません。私は学者では、ありませんけれど。

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