劇作家・演出家の野田秀樹が率いるNODA・MAPの2年ぶり書き下ろし新作『兎、波を走る』が、東京・池袋の東京芸術劇場プレイハウスで上演中。今日性を持つテーマ、圧倒的な語彙を持って語られるせりふが目まぐるしく複雑に絡み合い、物語が進むにつれて表層とは違う世界が姿を現す、野田秀樹らしい作品だ。
ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」がモチーフの一つになっている。ウサギを追いかけて「不思議の国」へと迷い込んだアリスが、不条理で意味のないようなことに次々と振り回されたり巻き込まれたりしながら、最後には自分の世界に戻ってくるファンタジーだが、本作の“アリス”が巻き込まれるのは、もっと不条理なものだ。
チラシに載っていた野田の直筆コメントにも、「『なんともいたたまれない不条理』を感じとっていただければと切に願う。」と書いてあった。「全力で書いたけれども作家の無力をこれほど感じることはない」とも書いてあった。世の中は不条理に満ちているけれど、本作が付きつけてくる「不条理」は「なんともいたたまれない」。ただ、観客に「無力」を感じさせたり、「本当に無力なのか?」と考えさせたり、心をざわつかせる物語を生み出した作家は決して「無力」ではないと思う。
舞台全面の鏡を使った演出や映像を使った演出なども印象に残る。おなじみのスタッフ、美術の堀尾幸男、照明の服部基、衣裳のひびのこづえ、音楽の原摩利彦らに加え、今回が初参加となる人形劇師の沢則行と映像作家・上田大樹の仕事ぶりは、テレビ番組やYouTuberの動画に慣れた観客の目にもやさしくて、なおかつ新鮮だった。